ラピスラズリの瞳3
あれから、瑠璃と一緒に真珠を救出してから数日が経った。
この数日、砂羅は瑠璃と会わなくなり…。
また旅立ったのだろうと思ったが、想いとは裏腹に足は酒場へと向かっていた。
いるはずがない。でも、いてほしい…。
相反する気持ちを抱え、ドアを潜る日が続く。
これは、待つという事なのだろうか…?
もう逢えないかもしれない人間を待つのは、無意味だ。
無意味で、苦痛で…。
砂羅は瑠璃を酒場で待っている間、考えることが多くなった。
なぜ自分は、これほどまでに逢いたいのだろう。
そして、この場に瑠璃がいなくてほっとしているのは何故?
逢いたいのに、逢いたくない。
疚しい事なんかないはずなのに、
今すぐ教会へ駆け込んで懺悔をしたいほどの悔恨はなんだろう…。
緊張しながらポストを覗き込み、がっかりするのは何故?
人ごみであの後姿を捜してしまう理由は?
いくら考えても答えはなかなか導き出せなくて、砂羅はついつい溜息をつく。
「(そういえば、溜息つくと幸せが逃げるって言うわね…。
……………一体どんだけの幸せを逃してんのかしら……)
はぁ……」
さらに数日が経ち、すでに行く事が日課となったドミナの酒場へ足を向ける。
ドアの前に立つと、開ける前に癖になった嘆息一つ。
「(きっとまた居ないんだ…。待つだけ無駄なのかな…)」
そんな事を考え、勢いよく首を振る。
「(そんな事ないっ!だって、逢いたい。
私はあいつに、又逢いたい!
逢って、私の醜さを、謝りたい…)」
頬を叩き気を引き締め、深呼吸。
カランカランと高い音がしてカウベルが鳴り響く。
いつもの様にレイチェルが傍による。ここまではいつもと同じ。
只、いつもと違う事はレイチェルの表情。
何か、微笑ましいものでも見るような、穏やかな表情。
それでいて、楽しい事を期待するような…いたずらっ子の様な表情。
不思議に思い、問いかける。
レイチェルのこんな表情は、昔見せたきりだ。
不審そうな砂羅の肩を軽く叩き、窓を指す。
人陰や物陰に隠れて見えにくい窓の横に立ち、
何をするでもなく只ボーッと窓の外を見ている一人の青年。
砂羅は驚き、目を擦る。
改めて青年に目を向け、絶句する。
幻でも、見間違いでもない…。
…否、見間違えるはずがない!
あの埃で汚れたマント…。頭の飾り…。
瑠璃だ…!
砂羅は嬉しくなり、そして少し怖くなった。
待っていた。
また逢えるのを。
しかし、今更会って、なんになるのだろう…?
待っていたのも、逢いたかったのも、自分の本心だ。
砂羅は、気付いてしまった。
自分の汚さを。醜さを。そして、愚かさを…。
自分は珠魅ではない。
珠魅の…いや、瑠璃の力になりたいと思うが、心底理解はできていないであろう自分。
珠魅が好きだ。
儚くも美しい友愛の種族。
珠魅が好きだと思ったのは、偽りない本心。
幼い頃に文献を読み、心惹かれていた。焦がれていた種族。
自分も珠魅だったら…なんて、愚かな願いすら抱いていた。
生き残っている珠魅を探したい。保護したい。
しかし、それは自分のエゴだ。
自分より弱い立場である誰かを守っている自分に、満足したいだけだ。
きっと、珠魅でなくても満足するであろう汚い自分。
珠魅が、1番自分を充足させてくれるであろうと思っていた醜い自分。
瑠璃は、きっと気付いている。
汚く醜く歪んだ自分の本心。
自分でさえも数日前に気付いてしまった闇。
彼は、闇の部分に敏感だ。
それはきっと、彼自身が闇を抱えているからだろう。
砂羅が瑠璃の闇を見抜いたのと同じように、瑠璃もまた、砂羅の闇を見抜いている…。
同類
嗅ぎ分けるのに、これほど簡単な相手はいまい…。
躊躇っている砂羅を見かねて、レイチェルが軽く肩を叩く。
『ダイジョウブだよ』
唇だけそう動かし、レイチェルは笑う。
守護石・ラピスラズリに軽く口付けを落し、そろりと瑠璃に近づく。
人の気配がしたのだろう不意に瑠璃が顔を向ける。
久しぶりに見る瑠璃の顔。
ラピスの色を湛えた瞳と髪…。
その、深いまでの蒼に見つめられ、思わず足を止める。
その澄んだ蒼い瞳には、以前に見せた焦りや恐怖といった負の色は見えなかった。
ただただ澄み切った、見る者を吸い込むような、蒼。
瑠璃は驚いたように目を見開き、言葉もなく暫しの時を見詰め合う。
「……久しぶり。何か、できること、ある?」
自然口元が綻ぶ…。
嬉しくて嬉しくて…、もう、会えないかもと思っていたから尚更に嬉しくて…。
恐怖心が吹き飛ぶほどの歓喜。
「…仲間を、探してるんだ」
少し低めの声が、耳に心地好い。
また、この声が聴けるとは思わなかった。
待っていたけど、心の底では絶望してた。
「うん、じゃぁ、手伝う」
瑠璃の言葉を噛締め、笑顔が深くなる。
「…すまない」
そう言って、照れたように笑う…。
それだけで、嬉しくて嬉しくて…。
こんなにも幸せな気分になれる。
ありがとうの意の、すまない。
瑠璃が、自分を嫌ってはいないのだと解り、そして更に嬉しくなった。
嬉しくて、泣きそう…。
不思議ね…。
たったこれだけのやり取りが、こんなにも大切なんて。
こんな些細な出逢いが、こんなにも嬉しい。
ああそうか。私、瑠璃が好きなんだ。
だから、あんなに逢いたかったのね。
だから、嫌われたらと思うと、怖かったんだ。
醜い自分を、知られたくなかったのね。
逢えなくて、声が聴けなくてあんなに寂しかったんだ。
あんなに、泣きたくなったんだ……。
珠魅と人間…。
とても叶える事の出来ない恋だけど、
瑠璃を想うだけで、こんなにも暖かくなれる…。
今まで無彩色だった、変わり映えのない世界を、瑠璃の周りからどんどん鮮やかになって行く。
華やかに変わって行く。
こんなに鮮やかなら、せめて出逢いは必然であって欲しい。
偶然ではなく、出逢うべくして出逢ったのだと思いたい。
この些細な出逢いを、私は、必然に出来るのかしら…。
たとえ、この想いを告げられないのだとしても…。
マナの女神よ…、私を創って下さった事、今は心から感謝致します…。
後書き
…ふっ…。何も言うな…。
えっとですねぇ〜、解って下さると思いますが、一応心情などを…。
最後の必然に出来る〜の件は、両思いになれなくても、
瑠璃の為に、瑠璃の力になる為に出逢うと。(必然的に、力となる為に)
瑠璃の為に何も出来ないのに会うのは嫌だと。(偶然に。意味もなく只会っただけ)
まぁ、偶然的な出逢いも、それはそれでいいんですが、
やはり瑠璃主の場合は出逢うべくして出逢って欲しいかなぁ?と思いまして(^^)
このページのどこかに、おまけの瑠璃vrが隠されてありますv
興味のある方は是非是非探してみて下さい。
めちゃ簡単ですので。
追加あとがき
加筆訂正をちょこっとしました。
してもっと悪くなったような気がします…。
BGM 水の証&静かな夜に&Shoot
03.8.25UP
06.2.8 加筆訂正