ラピスラズリの瞳2
瑠璃の険しい表情が少し和らいだのを見て、
レイチェルが鶏の卵ほどの大きさの翡翠の塊を恐々と差し出してきた。
翡翠の卵はアーティファクト。
今はすでに失われたはずの、魔法の遺物。
レイチェルから翡翠の卵を受け取り、具現化させる。
砂羅の魔力を受け入れ現れたそれは、メキブの洞窟だった。
洞窟内に入ると、瑠璃の胸元の蒼い宝石が、高い音を発し煌いた。
「煌きを感じる…!仲間……?真珠姫か…?とにかく、急ごう」
そう言うと、瑠璃は走り出して行った。
瑠璃を追いながら、砂羅は瑠璃と、瑠璃の探している人物を悟った。
彼らは珠魅だ。宝石を核とし、生を受けた者達。
瑠璃はラピスラズリの珠魅だ。
そして、彼の探している人は…、彼の姫なのだろう。
彼の守るべき人…。
文献で読んだだけの、絶滅したとされる種族、珠魅。
砂羅はその種族に魅せられていた。
彼らの命である核が欲しいわけではない。
友愛の種と言われた彼らに、ただただ遇ってみたかった。
そして、己に出来ることなら何でもしてやりたかった。
力になりたかった。
幼い頃からずっと、珠魅に遇えるのを夢見てきた…。
想い続けてきた…。
今、己の前を走っている青年が、珠魅の青年が、自分と共にいる…。
そのことが、砂羅を少し興奮させていた。
…憧れていた珠魅が側にいるからだろうか…。
すこし、頬が熱い気がする。
襲い来るモンスターを薙倒しながら、瑠璃の姫の無事を祈った。
もう、抜け出せない…。
抜け出すつもりも、きっとおきない。
そんな確信めいた予感がする。
砂羅が、瑠璃の瞳を見た時から、きっと…。
「君が石にならないといいけど」
チャイナドレスを着た女性がそう微笑んで砂羅に向かって言う。
その科白に、瑠璃は明らかに動揺し、女性に食って掛かった。
そして、砂羅も内心で驚いていた。一般では知られていない珠魅の迷信…。
砂羅でさえ方々手を出し足を出して探した文献に、
短く書かれていたモノを読んだだけなのだから…。
何故そんなことを、この女性が知っているのだろう。
そんな疑問が頭を掠める。
瑠璃が問い詰めようとした途端、奥から女の子の悲鳴が聞こえた。
はっと瑠璃は身を翻し「真珠!!」一声叫ぶと奥へ駆け出して行った。
砂羅たちが洞窟の最深部へ入ると、獣の唸り声が聞こえてきた。
そして、どこにその身を隠していたのか、岩陰からドゥ・インクが姿を現した。
真珠姫がいるのはもうここしかないと解っているため、いやがおうにも気が急く。
「っく」瑠璃は一瞬怯んだものの、剣を構え向かってゆく。
砂羅は瑠璃とは反対へ駆け出し、槍でドゥ・インクの足を払う。
流石に足をとられて倒れるということはなかったが、
単純なドゥ・インクの気を逸らす事は成功した。
振り下ろされる斧を身軽に避ける砂羅。
その顔には微笑すら浮かんでいる。
巨大な斧をあるいは身を屈めて避け、
あるいは体を開いてすれすれで回避し、
あるいは飛び退いて挑発をしてみる。
愉しんでいるその様を、気配を殺した瑠璃が伺う。
ドゥ・インクは文字通り砂羅にくぎ付けだ。
単細胞なドゥ・インクは、瑠璃の存在など忘れていることだろう。
このまま、チャンスが来るのを待てばいい。
焦りはミスを生む。
ぱきっという音を聞いた。
頑強の筈の斧が、二つに割れていた。
不適に笑む砂羅は槍を無造作に構えていた。
割れた斧を不思議そうに首を傾げて見るドゥ・インク。
左右に首を傾げながら、最早斧としての機能を発揮しない残骸を振ってみる。
振りなれた重さでないことが腑に落ちないのか、ドゥ・インクは再び首を傾げる。
試しだろうか、手近の岩に振り下ろしている。
刃がなくなった斧は岩の硬さとドゥ・インクの腕力に耐えかね、
ボキリという音を立てて砕けた。
キレイに砕けた斧の残骸。
ドゥ・インクはしばし呆然とし、
怒りの雄叫びを上げると砂羅へその拳を振り下ろす。
空気がビリビリと鳴るほどの声量で勢いよく繰り出されるドゥ・インクの拳。
「ちょっとぉ。柄の部分砕いたのはあんたの所為でしょ〜?
あたしに八つ当たりしないでよっ」
苦笑気味に言う砂羅は、やはり愉しんでいるようだった。
そして拳を避けながら少しずつ。
少しずつドゥ・インクの豪腕に槍傷を刻んでいく。
もともと鈍感なドゥ・インクは気付かない。
気付かないうちに作られていく裂傷。
ちいさな傷はやがて大きく開き、鮮血がほとばしる。
流れ出る血は段々と…。
気付かないうちに体力をも一緒に…。
大振りな動きはやがて緩慢に変わる。
疲れを見せ始めたドゥ・インクの後ろ…。
瑠璃の剣が、淡い青緑の光を放ち始めた。
己の気を剣へ籠め、刃と変えるレーザーブレードだ。
瑠璃の瞳が光る。
目配せを受け、砂羅は大きく真横に跳び退った。
「おおおおぉっぉぉぉおぉぉぉぉぉおおおぉお!!!!」
雄叫びとともに突き出された剣は、ドゥ・インクの巨体を貫通していた。
心臓を刺され苦しさに呻くドゥ・インクの首を、細腕に似合わぬ力で瑠璃が落す。
そのドゥ・インクの屍骸を砂羅は魔楽器を使って灰にする。
闘いにおいて確実に相手の止めをささないと
己の命が危ぶまれる危険性がある。
勝ったと思った油断が死を招きかねないのだ。
静かになった洞窟内でまた煌きが放たれると、
岩の間から白い、綿のような少女が姿を現した。
ふわふわほわほわした、可愛らしい少女。
瑠璃は嬉しそうに近寄り、少女の無事を確かめる。
砂羅はそれを遠眼で確認し、喜びと共に一抹の寂しさを感じた。
何故だか解らない寂しさに首を傾げ、固まったままの顔に笑顔を貼り付ける。
2人に近づく為に動かし始めた脚は、怒声によって固まった。
瑠璃が少女を一方的に怒り、少女はその声に怯え、俯き黙り込む。
黙った少女の代わりに、凛とした声が瑠璃を責めた。
そうしようと思ったわけじゃない。
ただ、小さくなってる女の子が放って置けなくて、足と口が動いていた。
「ちょっと、言いすぎよ!心配してたのはもう充分わかってるんだから、
一方的に怒鳴りつける事ないじゃない!
あんたは相手を怒鳴りつけないと話も出来ないわけ!?」
真直ぐに見つめて責める砂羅に、怯んだように視線を逸らせ声を絞り出す。
「アンタは黙っててくれないか」
関係ないとでも言われたようで、何も言えなくなった砂羅は視線を外す。
「この人は…?」
とても小さく、聞き逃してしまいそうな声。
か弱く、だけど可愛らしい声だ。
見知らぬ人間に、多少警戒しつつ瑠璃に問いかける。
「オマエを探すのを手伝ってくれた。変わった奴さ」
そう言う瑠璃の顔はどこか優しげで、
少女は明らかにホッとした様に顔を綻ばせた。
そして、砂羅に向かってお辞儀をする。
緊張のためか、頬が上気している。
「(あぁ、この子が瑠璃の大切な“お姫様”…。可愛らしい女の子…)」
自分では到底なれない、いかにも守ってあげたくなる雰囲気を持っていた。
優しく触れないと壊れてしまいそうなほど、儚げな感じがする…。
「じゃぁな」瑠璃は声を掛けると身を翻す。
少女は顔を赤らめたまま、ありがとうと言い瑠璃の後を追って行った。
砂羅以外何者も存在しなくなった洞窟で、
黙りこくった砂羅は気が付いたようにメキブの洞窟を後にした…。
後書き
何も言うまい…。アクションは苦手じゃ…。(言ってるし…。)
唯でさえ文才がないのに、苦手なものなんか書けませんよってなぁ…。
でも、一応考えてはいたんですよ。めんどくなってカットしたけど…。(死)
本当は砂羅がボスを引き付け役だったんです。
砂羅の槍でボスの斧を破壊、怒ったボスが暴れて砂羅が転ぶ。
それを踏み殺そうとした所で
瑠璃がレーザーブレードで止めを刺したって事になってたんですよ。
でも、疲れたから大幅カット。
うわぁ、あっけなっ!!(でも、あんまし苦戦させたくなかったんだよね)
追加あとがき
さすがにどうかと思い加筆訂正しました。
長さもそこそこになったと思います。
瑠璃がただのおまけみたいになってるのは気のせいじゃありません!!
設定LVは砂羅が99で瑠璃は10くらい。
強い女の子が管理人の好みです!!!
BGM 創世記・ザ・ベスト・オブ・ザバダック
03.7.26UP
06.2.8 加筆訂正
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