ラピスラズリの瞳1
ドミナの町の町外れ…。
大きな樹の麓に、一軒の家が建っていた。
麓に、と言うよりも樹にめり込む様にして、家が建っている。
かなりの広さの敷地だが、家はこぢんまりとしていて華美ではなかった。
この家にはドミナの町ではかなり評判の良い娘が一人で住んでいる。
辺境と言えなくもないドミナだが、女の一人暮らしほど危険なものはない昨今だ。
一度外に出ようものなら、忽ちごろつきや魔物の餌食となる。
しかし、ここに住む娘は一度としてそんな危険な目にあったことはなかった。
無論、襲われたことがないわけではない。
娘の相好は整っていて、将来が楽しみな美人だった。
豊かな金の髪に、その金をより美しく見せている蒼の双眸。
そしてしなやかな肢体を、やや露出の高い服で隠していた。
人買いどもが放って置くはずのない、上玉である。
下心丸出しの旅人の男に言い寄られたこともある。
しかし、娘は危険な目にはあっていない。
ドミナに於ける、娘の評判…。
それは見た目の美しさもあることながら、
娘がめっぽう腕の立つ冒険者だったからだ。
そこらの力自慢の男どもが束になっても、娘を捕らえることは出来なかった。
出回っている武器は一通り扱うことが出来るが、好んで使う獲物はもっぱら槍か弓。
華奢な腕で重い槍を振り回す様は一種恐怖すら覚える。
しかし、住民には好かれていた。
娘は優しい子だ。
一度信頼すればとことんまで信じ、付き合ってくれる。
口が堅く、約束事などどんな小さなことでも反故にしたりしないからだ。
だからすぐに受け入れられた。
流れ者の娘を暖かく迎え入れた。
娘も住民の気性を気に入り、腰を据える様になった。
絶対的な信頼が、娘と住民の間で成り立った。
ドミナの住民は何かしら困ったことがあると、娘に相談をするようになった。
それは腕がたつことも然る事ながら、娘が真摯に相談に乗ってくれるからだった。
例えば、年頃の娘が恋の悩みを打ち明ける。
どこそこに性質の悪いチンピラがいるらしいなどの治安の問題。
新居を建てるから、家に合う家具を見積もってほしい等。
娘のおかげで、このあたりの治安は確実に良くなっていた。
「今日の夕飯は…、ん〜キノコたっぷりのグラタンにトマトのサラダ。
白菜の煮物にお芋と大根のお味噌汁…あたりかな?
…あれ?」
フンフンと鼻歌交じりで夕飯の買出しにドミナに訪れた娘は、
いつもは穏やかなドミナが騒がしいことに首を傾げた。
酒場へ入っていく、この辺りでは見かけないマント男。
そのマント男を遠巻きに見守る町民たち…。
不謹慎だが、好奇心が湧き上がって止まらない。
「(知的好奇心よ、知的好奇心。
気になることはずずずいっと究明すべきなのよ!)」
自分の興味本位な気持ちを理由づけ、
町民があらかた去るのを待ってから娘は酒場へと入っていった。
ドミナの酒場は狭い。
その狭い店内に一組の男女が見詰め合っていた。
いや、見詰めるというより、男が少女を険しい眼つきで睨みつけていた。
男の相貌は整っており、それで余計に睨むと凄みが増した。
少女のほうは脅えてまともに喋ることもできないようだった。
ただでさえ少女は内気で人見知りをするのだから、
推して知るべしと言ったところだろう。
「なぜ、黙ってる!オレを怒らせるな…」
「…………………」
「なにか、知ってるのか!」
伺うような少女の視線に、男は掴みかからんばかりの勢いで問いかける。
それでも、少女は硬く口を閉ざし、男の視線から逃れようと瞳を伏せる。
そんな時分に、娘が酒場へと入ってきた。
友人である少女が脅されているのを見るや、さっと2人の間に身を滑らせる。
「その位にしなさいよ。女の子怯えさせてどうするのさ。」
そう言って娘…砂羅は、少女に怒鳴っている男に話し掛けた。
少女は砂羅の後ろに隠れ、男の視線から外れた。
男は砂羅の後ろに隠れた少女を厳しい瞳で睨みつけたままだ。
「あんたには関係ない…。向こうへ行っててくれないか?」
「大有りよ。レイチェルは友達だもの。
友達が見ず知らずの男に脅されてるの見て、黙って見てられる訳ないでしょ?
そんな顔して聞いたって、何も答えられないわよ」
男の視線は、未だ脅える少女に向いている。
砂羅は男が自分を見返していないことに軽く苛立った。
「…人と話す時は相手の目を見ろって教わらなかったわけ、礼儀知らず!」
男は案外素直に砂羅に向き直る。そして、二人の蒼い瞳が交じり合う…。
男は、砂羅が今まで見たこともないほど美しい瞳を持っていた。
蒼というより、もっと濃くて、母なる海の、さらに深い群青色…。
その瞳の色はまるで…
知らず知らずに砂羅は、己が守護石としているラピスラズリの原石を
服の上から軽く握り締めた。
しかし、その美しい瞳からは、様々な負の感情が見える…。
焦り、不安、恐怖、悲しみ…、そして怒り…。
負の色が無くなれば、さぞ美しいだろう。
夜空の星々のように、瞳の中で煌く光…。
砂羅は男の瞳を曇らせているモノを取り除いてやりたいと、思った。
「…人を、探している…。白いドレスに、長い髪を垂らしている…」
そして、慌てた様に加える。「妹の様なもんなんだが…」
男が慌てた意味を図りかね、内心首を傾げながらも頷く。
「なら、あたしが手伝ってあげるよ。あんたの大事な人を探すのを、さ」
男が驚いたように目を見開き、言おうか、言わざるべきか迷っていた。
「あたしの名前は砂羅。あんたは?」
男は迷い、そして決意すると軽く笑んで口を開いた。
「オレは、瑠璃だ」
後書き
う〜ん、書いてて、美しい連発で恥ずかしかったぞこの野郎!
でも、瑠璃の目はラピスのイメージなんで…。
ラピスラズリ大好きですよー、私。瑠璃だから〜とかじゃなくて。
本当に夜空みたいで、見てると落ち着きますv
追加あとがき
長さがあんまりだったもんだから加筆訂正しました。
…ど、どうですか??
砂羅は強い子です。
でも、もろい子です。
これからその『強さ』と『もろさ』をうまく表現していきたいです。
BGM ZABADAK-私は羊-
03.7.10UP
06.2.8 加筆訂正
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