閉じられた瞳と翡翠の絹糸



アセルスが針の城の一室で眠り続けて数年が経った。
アセルスの部屋の窓から、ざんばらな髪を丁髷のように結った男がひらりと入ってくる。

すらりとした影は、その瞳だけが怪しく光っていた。

その、好奇心いっぱいの光で満たした瞳は、子供のような残虐さと老齢な思慮深さが伺える。
その複雑怪奇な瞳でアセルスの顔を覗き込むと、ほんの一瞬…いや、半瞬だけ曇らせた。
おそらく、男本人も気付いていないだろう瞬きにも及ばない程の変化。
「起きる気配なし。…まだ寝てそうな感じだね?」

つまらない。

そう呟いて、彼は窓を見た。
空には決して太陽が顔を覗かせない代わりか、いつでも美しい月が見える。
月光が部屋へ差し込み、アセルスを優しく照らし出す。

彼にしても、何故こんなにもこの少女が気に掛かるのかわからなかった。
何故、早く目覚めてほしいと思うのかわからなかった。


只、この少女が目覚めれば、きっと面白くなる…。
つまらない変わり映えのない無彩色が、
ころころと色を変える、退屈のない明彩色になるんじゃないか。

そんな直感が、彼を突き動かしていた。

きっと飽きない日を、この少女は自分に提供してくれる…。

アセルスの話を小耳に挟んだ時から、こう彼は感じたのだ。


「只こうして寝顔見てるだけでも、退屈しないんだよね」

なんでだろうね?

まるで問いかけるように肩を竦めた。

アセルスの眠るベッドに軽く腰掛ける。
固く閉じられた瞼。
その瞳で、今まで何を見てきたのだろう…。
その閉じられた奥には、どんな宝石を隠しているのだろうか…?
その小さい唇からは、どんな音が流れ出る?
どんな事を思い、音を発する?

彼の元主であった君の血で変わったろう髪は今は鮮やかな翡翠の色…。

元は何色であったのだろう…。

そんな事をぼんやりと思いながら、彼はそっと手を伸ばす。
初めは瞼をそっと突付く。
起きてその瞳を見てみたいと思いながら、優しく、優しく…。
次は柔らかな唇へ。
声を出さないのかと思いながら、そっと。
そしてふっくらと丸みを帯びたあどけない頬を包み込む。
柔らかいが、生物特有の暖かさはないその頬を突付いてみたり、
軽く抓ってみたりし、クスクスと笑みを零す。

一頻り頬で遊んでいる間も、少女は声も出さず、寝返りも打たずに、死んだように眠るだけ…。
ふと不安になった彼は口元に耳を寄せ、呼吸を確認する。
その、あまりにも『らしくない』行動に顔を顰める。
「…なんで、この僕が生死を気にするんだ?
死んでるならそれでいいじゃないか。
所詮はその程度って事だろ?」
憮然と彼は一人ごちる。

しかし、気になった事は事実で、彼は納得が行かないまでも、体制を整えた。

未だ表情は憮然としているが、瞳は今まで以上の好奇心で満ちていた。
その、好奇心で輝く瞳で再びアセルスを観察する。
まだ幼さを残した面差し。
成熟しきれていない、細い四肢。
そして絹糸のような細い髪…。



「……」



特に意識した行動ではなかった。
彼としても、気付いたらアセルスの髪を梳くっていたのだ。

サラサラと触り心地のよい髪は、逃げるように彼の手から零れてゆく…。

零れ落ちるたびに、柔らかな髪が一本一本月光に照らされ、美しく怪しく輝く。

その美しさは何故だか目が放せない、神聖な雰囲気を放っていた。
アセルスの魂の持つ輝きか、彼女の生き様を反映した輝きか…。

きっと、この少女が目覚めたら世界は変わってゆくだろう…。
退屈なままで終わるか、楽しい日に変わるか…。

全ては、この少女が握っている…。


その日が待ち遠しい。
その日が来なければいい。


早く目覚めて僕に世界の動く様を見せてよ。

そう思いながら彼は髪を梳く。
しかし、もう何年かはこのまま眠っていてほしい…。


そんな相反する想いを込めて、彼は飽きずに何度もアセルスの髪を梳くっていた。



後書き

ナンダコリャ…

えー、しょっぱなからこんなんでごめんなさい。
サガ・フロンティアのゾズマvアセルスです。
ていうよりゾズマ→アセルス?

ゾズマは絶対寝てるアセルスに悪戯してる!
そう思い、このネタを思いついたんですが、どうにもこうにも消化不良起してますね…。
でも、何度読み返してもゾズマじゃないからなんかこそばゆい…。



05.5.7 UP

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