変身
ざわざわと少女の緑の髪が鮮やかな蒼へと変ってゆく。
髪と同じだった大きくクリクリな翡翠の瞳は、猫のように瞳孔が細くなり
ゆっくりと、しかし、確実に鮮血の色へと変貌していった。
深かった傷口はあっという間もなく再生していき、元の…否、元以上の瑞々しい肌を見せていた。
抑える事をせず、妖気を放出し続ける。
どこまでも強い妖気。この場の誰よりも強いことが思い知らされる。
『愚か者が。お前如きにこの私が殺られると思ったか?器すら失くしたお前に?
…ふっ。……お前は何を望む?セアト。新しい器か、それとも思い通りになる傀儡か…。
どれもお前如きが手に入れられるものではない…。分を弁えろセアト』
少女のものとは思えないほど低く暗く、冷たい響き。
その声色には、肉体を失くした妖魔に対する嘲りがあった。
可笑しそうに喉の奥でくつくつと哂うと、階段の手摺に絡まる薔薇を優美に手に取り投げ付ける。
蒼いルージュを引いたような唇から冷たい言葉が紡がれる。
『目障りだ…。私の前から消えるが良い!』
薔薇を眉間に挿され苦悶の声を上げる間もなく消滅したセアトを面白げもなく半瞬見やり、
そしてついっと薔薇へ目をやった。
薔薇は少女の妖気に触れ、その時を止めていた。
美しいまま凍ったように固くなった薔薇を、少女はゆっくりと握り潰していく。
小さな掌からぱらぱらと零れ落ち、床に着く間もなく跡形もなく消えてゆく薔薇の破片。
今まで薔薇であった物体…。
少女が僅かに眉を顰める。
時を止められた薔薇の報復か、それともこの場にいる少女に近しい者への警告か…。
薔薇の破片は少女の掌に小さい切り傷を造ってそして総て消えて行った。
浅く切られた所から、一筋の蒼い血が流れる。
たった一滴の青い血…。けれど、それは少女が妖魔となった確固たる証。
未だにオルロワージュを倒していないから、この変化は一時的なものだろう。
しかし、それでも元の明るい少女を思うと胸が痛む。
…少女は、もう人間には戻れない。
……二度と……
たった一回の妖魔化…。されど、何よりも重い一回の妖魔化…。
どれほど悲しむだろう。嘆くだろう…。自分が、もっと少女を護れていたら…。
傅きながら、ひたすらに悔やむ。己の力量不足をこれほど呪ったことはない…。
少女の真っ青な唇から、真っ赤な舌が覗く。
流れる血を舌で舐め取ると、満足したように微笑む。
その微笑みはぞっとするほど愛らしく、また恐ろしい。
虜化されまいと、強く己を保つのが精一杯という有様だった。
とさっと言う小さな音と共に少女の身体が崩れ落ちた。
びくっびくっと痙攣を起こし、髪や瞳、唇の色が変っていった。
喘ぐ様に口を開き、喉がヒューヒューと鳴る。
慌てて駆け寄ると、元の愛らしい少女が苦痛に涙を流していた。
人間に戻りたいが為に、今まで妖魔の力を使わないで来た。
しかし、少女は解放してしまった。己の中の妖魔の力を…。
たった一回であろうと、妖魔の力は強力すぎて抑えることができない。
包み隠さず戻れないと言うと、少女は信じたくないように頭を振る。
「…ウソ……。ウソよね…。ねぇ。またからかってるんでしょ?
だって、そんな…事……ぃきなっ、っク…。うっ…、うっ…。
も、人に…戻れな…んて……。たし…ぃったぃっヒック…何の、為に…」
ぼろぼろと泣きながら言う少女を優しく抱き寄せ、あやす様に背を叩く。
夢であって欲しいと願った。
暫くそのままでいると、ぽつりと少女が言う。
「…私、その内あの人みたいになるのかな…。
あの人みたいな…、妖魔に…」
それは少女の今まで隠してきた不安。
少女の奥底の恐怖。
その恐怖を和らげる為、精一杯明るく優しく告げる。
「大丈夫。アセルスはアセルスだよ。半妖でも、妖魔でも、それは変らない。
あの方みたいになんか、なりはしないよ。
ただ、ちょっと道が少なくなっただけで、さ。嘆いていたって事実は変らない。
それは時間の無駄だし、何より楽しいと思わないだろ?
大丈夫、アセルスならどんな状況でも何とかできるよ。
この僕が、保証してあげる」
ねっと笑いかける妖魔を、少女は苦笑して見上げる。
「結構、痛い事言ってくれるね」
そぉ?と言う妖魔を、アセルスはまた苦笑して肩を竦めた。
とりあえず、気分は多少上昇した。そのことに、感謝しておこう。
「ありがとう。…でも、保証は遠慮しておくよ」
え〜〜?と不満そうな妖魔をクスクスと笑い、部屋を出て行く。
「僕が、これ以上君が妖魔にならないように、護るから…。
君の事を、護るから…」
妖魔を嫌っている少女が、嫌いな妖魔にこれ以上近くならないように…。
固い決意は、扉の向こうに消えた少女の為に…。
『アセルスはアセルスだよ。半妖でも、妖魔でも、それは変らない。
アセルスならどんな状況でも何とかできるよ。』
その言葉が心に沁みた。
そう、自分が自分を見失っていてどうする。
自分は自分。半妖になっても、確かにそれは変らなかった。
なら、もし仮に完全な妖魔になってしまっても、それは変らないだろう。
少しは、楽観視しても、いいよね。
だって自分には、あのおちゃらけきまぐれ妖魔の保証があるんだから。
『僕が保証してあげる』
後書き
サガフロお題9個目にしてやっとブルー関係以外になりました。
アセルス半妖EDです。でも管理人は妖魔なアセルスがすこぶる好きです。
変わらないって言っても、思いっきりオルロワの血に翻弄されてるけどね、妖魔アセ。
アセルスの『からかってる』発言から一気にゾズアセ風味に…(汗)
それ以前なら相手は誰でも想像出来るようにしたんだけどなぁ。
管理人マイナー一直線なので、ゾズアセが一番好きです。(だからか?)
ビバ、ゾズアセ、それ行けゾズアセ
『 唯、ちょっと道が少なくなっただけで、さ。嘆いていたって事実は変らない。
それは時間の無駄だし、何より楽しいと思わないだろ?』
この辺がゾズマがゾズマたる所以な気も…(苦笑)
いやー、ゾズマって誰かを慰めるんでも結構言うからなぁとか思って…。
(でも、慰めないよね、ゾズマって。闇の迷宮とかさ。)
パーティ編成はゾズマ・アセルス・霊ちゃん・時の君・イルドゥンで。
(アセルス偏っていつもこんな感じなんだよね〜。時君の代わりにサイレンスでも可v)
戻る?