さよなら



蒼紅の術士は互いに地を蹴り、術を仕掛ける。
片方が陽なら片方は陰。片方が秘なら印。時なら空…。
互いの力は拮抗し、決定打にはならないでいる状況に、
紅の術士は焦りを募らせていった。

早く、早くと。
必ず勝つと、約束したのだと…。
たとえそれが、己のたった一人の肉親を消す事になっても…。
彼と行動を共にした仲間たちと約束をしたのだ…。

しかし焦りは隙を生んだ。
僅かに、ほんの僅かに紅の術士の動作が遅れたのだ。

普通、術を使う時印術ならルーンを空に刻み、
秘術ならタロットカードを空に投げ必要とされる動作を行わなければならない。
術がより高位になればなるほど必要な動作は複雑になってゆく。
淀みなくそれらの動作を終えることで、
より集中力を高め、術の威力を増す事が出来る。
しかし、紅の術士は勝ちを焦るあまりに動作が遅れた。

悔恨は動揺へと繋がって行った。


蒼の術士はその隙を見逃しはしなかった。
力は場に満たされている。
絶好の機会が、蒼の術士に訪れてしまった。

すかさず懐剣を取り出し、
剣に爆破の術を宿すと紅の術士の足元へ投げ足場を破壊した。


突然足元が崩れた事によって紅の術士は体制を崩した。
チッと軽く舌打ちをし、飛び退り別の足場へと移動する。
ほんの微かな隙から、致命的な隙へと変わって行った。
この間にも、蒼の術士の術は完成に近づいていった。

そして紅の術士の着地に合わせるかのように、蒼の術士が術を開放した。
上位魔術、ヴァーミリオンサンズだ。
ルビーの煌きが、銀河の星々を思わせるように、紅の術士に降りかかる。

「!!」




どおおぉぉぉぉ…ん…









濛々と上がる煙の中から、ゆっくりと紅の術士が立ち上がる。
己の魔力の壁で術の威力を軽減したが、
ダメージはかなりのものらしく足元がふらつく。

つっと、薄く口から血が流れ出る…。

蒼の術士は構わず術の詠唱に入る。
もとより、あれでケリがついたとは思ってはいない。
確実に、息の根を止める。
闘いでは、気を抜いたほうが、負けなのだ…。
常に先を見、状況に応じて臨機応変に策を変えてゆく。
時には甘言を用い油断させ、時には鬼よりも冷徹に…。




紅の術士はふらつく己を叱咤しつつ詠唱を始める。
ヴァーミリオンサンズの威力を軽減したといっても、
体を動かすだけで節々は悲鳴を上げているようだった。

蒼の術士は、紅の術士が以前ほど動くことが出来ないと知るや、
早い詠唱で済む低位の術を放ってきた。
低位の術は威力こそそれ程ではないが、命中精度がよく、
高位の術よりも当てやすいという利点があった。
小技で少しずつ、しかし確実に。
じわじわと紅の術士の体力を磨り減らしていった。




蒼と紅、術の完成はほぼ同時だった。


「サイキックプリズン」「リバースグラフィティ!!」

それぞれの声が高らかに重なる。
















「ぐあああぁあっぁぁぁぁああ!」





蒼の術士が放ったサイキックプリズンは、
術者の呼び声に応え、魔力の壁で紅の術士を囲った。
リバースグラフィティはその壁に阻まれ、術を放った者へその牙を向けた。



上位空術をまともに喰らい、とさっと軽い音を立てて紅の術士は倒れ伏した。





蒼の術士は静かに紅の術士へ近づく。
場に満たされた魔力は、紅の術士が倒れた事をきっかけに四散して消えていった。
「…うっ…」
「……俺の、勝ちだ…。ルージュ…」
その声は、勝った事への喜びはなく、絞り出すように、苦しげな声だった。
月に照らされたその表情は、能面のような無表情ではなく、
今にも泣き出しそうな、幼子のような顔をしていた。

倒れた紅の術士の側に座り、体を起こしてやる。
月に照らされた銀と金の髪が、ざぁっと音を立てて広がる。
蒼と紅の法衣がはためく



「…ブルー…?」
頬に雫が当たり、紅の術士は己を倒した者を見上げる。
蒼の術士は涙を流していた。
泣いている本人も気づいてはいないようだったが、
少なくとも、紅の術士の死を悼んでくれていることは、確実だった。



それは、思っていた以上に幸福な涙だった。
自分という存在を認め、死を悼んで、涙を流してくれる。
なんて美しい心だろうか。
それと同時に去来する懸念。
彼の未来。
閉ざされた己の未来。
そして、呪われた双子の宿命…。


まだ、方法があったのではないだろうか?
己も彼も傷つくことなく解決させることの出来る、何がしかの方法が…。


しかしその方法が思い浮かばなかった以上は、
結果は、変わりはしなかったのだろう。
少なくとも自分は、別の方法など頭の片隅にも掠めはしなかった。


今は、穏やかな気分だ。死ぬというのに…。
死に瀕しているというのにこんなにも冷静に考えているのは、自分だけだろうな。
そう思うと、おかしくて堪らなくなった。

涙で濡れている片割れの頬に、華奢な手が伸びる。
蒼の術士の頬を優しく撫でる。
慰めるように、どこまでも優しく…。
子供のように小さく小首を傾げ、可笑しそうに微笑む。
体力がついて行かなくなったのか、
総ての動作が緩慢でもう助からない事が伺えた。
その事実は、想像以上に蒼の術士のココロを蝕んでいった。



オレガコロシタオレガコロシタ(何を嘆く…これが俺の望みだったはずだ…)
コノテデオレガコロシタコロシテシマッタ(俺が最強の術士だ!)
モウるーじゅハタスカラナイ(まだ息がある。殺せ…。首を落とせば確実に死ぬ!)




内なる凶暴な己が冷徹な命を下す。
嫌々をするように首を振り、ルージュの手を握る。




今まで術を唱えていた声とは思えないほどか細く、
器官がやられたらしい喉は、ヒューヒューと鳴っていた。
「…何、ない…るの…?君の…、勝ち、だ…。
君こそ……、君の…、んだ…、さ、きょ…の…術士に…、…れ、る…。
笑って…、て…。わ…って、…ルー…。
そして…生き…
自分…、を、ァ、…仲…を…、ぃせ…つ、に…」

紅の術士の唇がさらに一つの言葉を紡ぐが、もう声にはならなかった…。

口から大量の血を吐き、蒼の術士に笑いかける。
柔らかな表情で事切れた紅の術士を抱きしめ、声を殺して泣く。
「……ック…。ぅ……ル…ジュ…。俺が…、お前を……。」
蒼の術士の慟哭は止まらなかった。
否止め方を忘れてしまったかのようにとめどなく涙が溢れる。
しっかりと片割れを抱き、天に向かって片割れの名を叫ぶ。





ルージュの最期の言葉が、切なく胸に突き刺さる…。
























『さようなら、ブルー。僕の、たった一人の、肉親…』

















後書き

ラストです。はい、これでサガフロのお題も終わりです。
ここまでお付き合いくださった皆様、ありがとうございました。
そして、ルージュファンの方、ごめんなさい!!
気管がやられたら声でないよ〜
とか言った苦情は受け付けませんのであしからずv




5.2.14 UP

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