『アナタ』を想うこの『キモチ』



翌日麻衣は挫けそうになる心を叱咤しオフィスへ向かった。

デスクに鞄を抛り、そのまま何もせずにソファに腰掛ける。
数秒そのままただ呆っとしていたが、やがてノロノロと己のデスクに近寄る。
鞄を抛った為散らばった書類を拾い集めじっと見詰める。
瞳を伏せると、だんだん視界が滲んで来、慌てて目を擦ると辺りを見回した。
誰もいないことを改めて確認すると、麻衣は深く嘆息する。
「(こーゆー風に気分が沈んでる時は楽しい事を思い出すか、
何かに没頭するといいんだよね…)」


突然電話が鳴り、麻衣は飛び上がらんばかりに驚いた。
ドッドッと跳ねる心臓を無意識に抑え、驚きの原因である電話をねめつける。
「はい、渋谷サイキックリサーチです」
『谷山さんですか?』
「え?安原さん?どーしたんですか?」
安原は元気いっぱいにはきはきと答える。
『いや〜、何か頭が痛くなってしまいまして。
申し訳ないんですが、所長に伝えてもらえませんか?』
「いや、スッゴイ元気そうなんですけど…」
今絶対越後谷笑顔を浮かべてるだろうなあと思いながら麻衣はとりあえず突っ込む。
しかし受話器からは、慌てた様子もなくいつも通りに元気いっぱいの安原の声が聞こえた。
『いやだなぁ谷山さん。心配掛けまいと元気に振舞ってるんですよvv』
そう言ってプツンと切れる音。
恨めしげに受話器を睨み、麻衣は宙を仰いだ。
そういえば…と麻衣は全然関係ないことを思い出した。

そういえば、安原が慌てふためいた姿を、見たことないかも…。

「(…ま、何とかなるでしょ。…なれば、いいなぁ…)
…ハァ…。仕方ない。
公私混同しないのがモットーだもんねっ」
うしっと軽く気合を入れて、麻衣は睨むように所長室へ向かった。



扉をノックし返事を待つ。
ナルの前に立つと、いやでも震えそうになる声を必死で抑え、事務的に告げる。
「ナル、安原さんが頭痛の為休むそうです」
声の震えはちゃんと隠せただろうか…?
ナルは目聡いし耳聡い。気付かれたかもしれない。


気付いてほしい。
どれだけ好きなのか…。
気付いてほしくない。
未練たらしい女だと思われたくはない…。



相反する気持ちを抱え、それでも。

ナルは妙な所でバカだからきっと乙女心の機微なんてわからないだろう…。

ナルだし。ナルだもんね。

そう結論が出ると妙に寂しかった。


踵を返そうとすると、「麻衣」と呼び止められた。
こんな珍しい事も、昨日までならとても嬉しかった。
でも、今日はとても辛い…。居た堪れないよ…。



「……なに?」
それでも懸命に笑おうとしたが、きっと変な顔になっているだろう。


あ、ナルがおかしな顔してる…。


そんなに笑うのを失敗した自分の顔が可笑しいのだろうか…?

心のどこかで自分を見詰める自分がいる。
バカねと、ナルは普段通りなんだからアンタがそうでどうすんのと…。
客観的に見つめる自分が、自分の中に存在した。

身を竦ませる麻衣に、静かにナルは口を開く。
真っ直ぐ麻衣を見詰めていた闇色の瞳は、ついと逸らされた。
珍しい事があるもんだ…と思っていたばかりに、麻衣はナルの発した言葉を聞き逃した。
…は、……した?
「え?」
「ジーンは、どうした…?」
「どうって…?」
「お前は、ジーンが好きなんだろう?」
ナルの口から久々に聞いた、『彼』の名。
かつて自分が恋した人の名。
一時は名前を聞くだけでも心乱され、情緒不安定になったけれど。
……今は、とても穏やかな気分にすらなれる…。
麻衣は自分でも意識せずに微笑んでいた。
柔らかな、優しい笑顔を…。

「……ジーンの事は、とってもとっても大好きだった。
ジーンの優しい笑顔が好きだった。
あったかくなれる声が好きだった。
やり場のない想いを抱えて苦しんでる時に、ナルを見るのは正直、…とっても辛かった。
ジーンの事考えると、切なくて、悲しくて、辛かった…。
でもそれでも、嬉しかった…。
『好きっていう気持ちは、相手のことを忘れるまで続くんだ』
前に、そうぼーさんに言ったんだ。
まだジーンの事は忘れてないけど…、ううん、忘れる事なんて出来ないけど…。
ちゃんと前を向いて歩こうって、決めたから。
私の事を気に掛けてくれる人が沢山いて、
ゆっくりゆっくり、自分の気持ちに向き合えていけた…。
綾子と真砂子は、私の愚痴を聞いてくれて諭してくれた。
背中を叩いてくれた。
迷路みたいにぐちゃぐちゃになってた気持ちを、出口に導いてくれた…。
ジョン達が気に掛けてくれたのは、勿論嬉しかったんだけど、
私が一番嬉しかったのは、…ナルなんだよ?
ナルが、私の事心配してくれてるの、わかったから。
口には出さないけど、ナルの目を見ると、私の事気に掛けててくれた事、
私の事考えてくれてた事、わかった。
だからかな、ジーンへの想いに区切りを付けられたのは…。
…気付いたら、前と違う『好き』に、なってた」

上手く言えないや。そう照れたように笑った麻衣を見て、ナルは知らずに目元を和ませる。
「ごめんね。
余計なこと言って困らせちゃったね、昨日。
忘れて?」
そんな麻衣を、ナルは一瞬眩しそうに見詰める。
「麻衣」
言外に『こっちに来い』との意を込め、麻衣を呼ぶと、不思議そうに首を傾げながら横に立つ。
そんな様子に軽く笑うと頭を軽く撫ぜ、額に優しい口付けを落とした。




後書き

どぉぉぉも、大変長らくお待たせ致しました!!
…待って下さってた方は、いらっしゃいます…??
待って下さった方も、別段待っていなかった方も、お待たせしました。
一応ナルと麻衣の(言えるならば)連載は一区切りかな〜と言う感じですね。
後はショートをぽつぽつと書きたいなぁと思ってます。
お題とか…。
お題は予め決まってるから割とラクvv


えっと、ワケわからんちんでごめんなさい!!
題名は『アナタ』と『キモチ』を片仮名にすることで、
ナルとジーンへとの意を込めさせて頂きました!
わっかりづらいっすねぇ。
作中の、違う『好き』も、ナルに対する『好き』と、
ジーンへの『好き』、両方と取って下さると大変嬉しいです。
またまたわっかりづらいなぁ…。
解った方はすごい!!

麻衣がジーンを語るシーン、大目に見てやって下さい。
ここだけでもう何週間も掛かったんです。
(決まんなくって一時期放置もしてたし)
たったあれだけですが、ない知恵絞って考えました。
ナルを代わりにするように取れる台詞は入れられないし、入れたくない。
自然にジーンへの気持ちにケリがついたように…。
浮かばなくって、暫く放置してたりもしたけど…。

まだ納得はいかないのですが、妥協して載せます。
これ以上お待たせするのもあれですし。
そのうちいい案が浮かんだら訂正します。
はやり納得いくものを載せたいですしね。

とかいって訂正できなかったらどうしよう…。


管理人シャイvなんで、接吻なんて照れるんですよ。
なので頬ちゅーにするつもりがなんか恥ずくってでこちゅーになりました。
ヘタレなんです、私。
なので、恋人同士のナル麻衣はない。
原作のイメージでのナルでは無理です、私には。
麻衣にベタ甘なナルって、ちょっと想像つかない。
読むのは好きなんだけどなぁ。
ああ、ほんとヘタレだ私…。


それでは、ここまで読んで下さった方、ありがとうございます。



05.1.12 UP


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