月見れば 千々に物こそ 悲しけれ
      わが身ひとつの 秋にはあらねど





「キャーーーー!!」

欝蒼と生い茂った森から、姦しい叫び声が響く。
エルクはその声を聞いて嘆息した。

またか…

如実に表れた感情を押し隠し彼は横にいる主人に許しを請う。
「プリシラ様、暫しの間御傍を離れる事を御許し下さい。
すぐに戻りますので、こちらで少々お待ち下さい」
プリシラは軽く頷くと、去って行くエルクの背を複雑な表情で見送った。



「もうサイッテー!信じらんなぁい!!」
ギャーギャー喚き散らしながら己の体に絡み付く蔦を引き千切りに掛かる。
しかし蔦は幾ら引っ張ろうが一向に切れる気配はない。

ハァ…

諦めの息を吐き助けを待つ。
きっとエルクが来てくれるだろうと…。
今はもう自分が彼の主人ではないが、
彼は頼まれると否とは言えない青年であることを長い付き合いで理解していた。
問題は、自分の事をどうやって知らせるかだ。

何とか方法はないものかと考えていると、上から声が聞こえた。
「…何、やってるの?君は…」
諦めの混じった、聞き覚えのある声。今想っていた、待っていた人の…。
「あら、いいところに来たわね。さぁ、すぐにこの蔦を何とかして頂戴」
「…君は人にモノを頼むのにも、その態度を崩さないんだね…」
再び嘆息を溢すと、急かす様な視線に負け、小さく呪を唱える。

「炎の精サラマンダーよ。盟約に従い彼の者を打ち滅ぼさん」

炎の魔導書を軽く触れ、瞳を閉じ朗々と呪を唱えるエルクを、セーラは黙って見詰る。
エルクの周りに小さな炎が生まれ、エルクの定めた目標…、即ち蔦に向かう。
きれいに蔦だけを燃やすと、エルクは軽く息を吐く。
「エルク、ご苦労様」
燃え滓を払い落としながらセーラは立ち上がる。
「はいはい。じゃぁ僕は行くから」
セーラの労いの言葉を大して興味もないように受け流すと、エルクは歩き始めた。
「ちょっと、どこ行くのよ!」
「今の僕の主人を守りに決まってるだろう?」
セーラの不満そうな声には、エルクの疲れ切った様な返答が帰ってきた。
「エルク!待ちなさい!!」
そのまま森を抜けて行くエルクを、セーラは怒鳴りながら追いかけた。



「プリシラ様、只今戻りました」
「ええ。…でも、あの…」
プリシラはエルクの後ろを見て言葉を濁した。
「気になさらないで下さい」
エルクの物言いにカチンと来たのか、セーラは勢い込んでエルクに怒鳴る。
「ちょっとエルク!あんな所にか弱い女の子を置いて行くなんて一体どういう事よ!!」
「ちゃんと蔦は『何とかした』んだから、もういいだろう?
僕は僕の主人を守る義務と権利があるんだ。
君は君の主人を守りに行けばいいだろう?」
「か弱い私にヘクトル様みたいな大男を守れるわけないでしょ!?」
「傷を癒すのが君の仕事だろう?」
「怪我なんかしないの、ヘクトル様は!
あんなに鎧を着込んでるのにヒョイヒョイ避けちゃうんだもん。化け物じみてるんだから!!」
「(君が偉そうに言うことか…?)だったら、僕の側にいる必要もないね。
僕は傷薬だって持ってるし、身軽さには自信あるからめったに怪我なんかしない。
万が一怪我をしたとしても、僕の側にはプリシラ様がいらっしゃるから、君の出番なんかないよ。
大体、杖を使える人材は少ないんだ。
フロリーナやレイヴァンの所に行った方がいいんじゃないか?」
「!!……何よ…何よ!エルクの馬鹿!!」
馬鹿と言われ、エルクはついカッとなった。
まだ若いとはいえ、彼は魔導将軍パントの弟子として様々な古書を読んでいたからだ。
そこら辺の大人より頭が切れるという自信があった。

「君と違ってプリシラ様はそんな汚い言葉は使わないし!か弱いし!
理不尽な申し付けも我儘も言わないし!
厄介事に興味半分で首突っ込んで巻き込まれる事もないし!
物静かで大人しいし!君とまったく正反対だから護衛もしやすいし!
一体どう育てればこんな風になるんだか!親の顔が見てみたい…」



パンッ!



乾いた音が草原に響き渡った。
潤んだ瞳を辛そうに歪め、眉を吊り上げている。
「…見れるもんなら私だって…、私だって見てみたいわよ!エルクのバカ!!」

そう言ってセーラは走り去って行った。
赤くなった頬を呆然となぞるエルクはなんとも言えない表情をしてセーラを見送っていた。




ない、てた…?


セーラの瞳に透明な雫を見た気がした。



ふっと浮かんだ考えを振り捨て、エルクはプリシラの馬を引く。
「プリシラ様、行きましょう。エリウッド様がお呼びです」
「え、ええ。でも…」
よろしいのですか?と続く声を遮る。
「気になさらないで下さい」
それは、自分自身に言い聞かせているように、プリシラには聞こえた。
エルクは思案顔で歩き、時々ふっと、セーラの去って行った方を見遣った。



「ヘクトル様、少し…いいですか?」
まだ夜が明けていない頃合にヘクトルを捕まえると、有無を言わせぬ眼差しで問うた。
「セーラの、出身について…なんですが…」
初め、エルクの様子に首を傾げていたヘクトルは、
言わんとしている事を悟ると少し苦笑して見せた。
「セーラの出身を知って、何がしたい?
…まぁ、そんなことはどうでもいいか。アイツはな…。」




エルクはセーラを探して走り回った。


『アイツはな、修道院育ちなんだ。孤児院も兼ねた、な。
親が誰かも、わからないらしいんだ』
『孤児院、で…』
『ああ。酷かったらしいぜ。
あぁ、アイツが孤児院育ちだって事は、ここだけの話しにしてやってくれねーか?』
『……ぁ、はい……』


正直な話、最後の方はよく聞いてなかった…。
ただ、昨日自分が言った事がグルグルと頭を駆け巡っていた。


『一体どう育てればこんな風になるんだか!親の顔が見てみたい』


「僕は…、なんてバカなことを…。
……本当に、僕はバカだ……」

広い陣内を首を巡らして探す。
汗が頬を伝い、息が上がってくる。

セーラセーラセーラ!

目当ての人物がどこを探しても見つからない。
焦って叫び出しそうになった途端、頭に一つの考え…。
深く考えずに浮かんだ場所に向かった。



緑豊かな湖畔に、白い人影が見えた。
「セーラ!」
思わず叫び走り寄る。
「セーラ、ごめん!僕が悪かった…。
君の事…、よく知りもしないで、不躾な言葉で君を傷つけた……」
顔を伏せ、苦しそうに言うエルクを、セーラはゆっくりと見る。
「…ヘクトル様から…、聞いたの」
「…うん…。
無知は罪だ。知らなかったじゃ…、すまない…。
知らない間にたくさん傷つけて…、
そうしてもう、取り返しがつかなくなっていくんだ…。」
まるで自分が傷ついたかの様に痛そうに顔を顰めるエルクの耳に、軽い声が届いた。
「ふふ、ふふ、ふふふ。
ホント馬鹿ね、エルクって…。
もう、気にしてないわ。
それにここだけの話、私ホントはエトルリアの伯爵家出身なのよ?
生まれはとっても高貴なんだから。
あ!だからって、私が孤児院育ちだって周りに言わないでよね!?
私の輝かしい経歴に傷がついちゃうんだから!」
そんないつも通り過ぎるセーラに、エルクはほっと息を吐き、頷いた。
「うん、わかった」
そんなエルクに、セーラもこっそりと安堵の息を吐くと、急かす様にエルクの手を取った。
「ほらほら、作戦会議始まってるわよ!行きましょ?」
そうして、返事を待たずに走り出す。
セーラに引っ張られ少し前かがみになると、慌ててセーラに合わせ走り出す。
「そうだね」
2人の嬉しそうな頬笑みを、少し遅い朝焼けが優しく照らし出した…。




後書き

書きあがってみるとすっかりエルク×セーラになってしまった…。
プリシラあんま出せなかったなぁ…?
一応、セーラとプリシラはエルクが好きで、エルクは微妙にセーラよりだけども無自覚って感じかな?
ぶっちゃけ3角関係v
んでもってそんなプリシラが好きなギィorヒースだったらなお良し!!

題名の和歌は
月を見ると、心がさまざまに乱れて物悲しい。
自分一人だけに訪れてきた秋ではないけれども
(なぜか自分一人に悲しみが集まったようで)
と言う意味です。倒置使ってますね。
この歌は、セーラは勿論プリシラやエルクにも共通の気持ちとして挙げられるから選びました。
プリシラ視点で自虐的なのもあったのですが、こっちにしました。

月なので壁紙も夜風(苦笑)

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04.2.25UP


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