優しさと慈しみ、その澄んだ心…



「マルス様−!マルス様ー!!」
新緑深い美しい森に、老人の声が響く。
その声が届いたのだろう、木陰から若い青年が姿を現す。
「ジェイガン、どうした」
己の主、マルスの姿を認めるとその足元へ傅く。
「はっ、実は火急の用が御座いまして…」
ジェイガンの言に、マルスは首を傾げる。
急ぎの用は、今はもうないはずだった。
「大臣国民、皆マルス様とシーダ様の御婚礼を心待ちにしております。
早く身を固められます様、お願い申し上げます」
マルスは苦笑すると、周りの木々を見遣り微笑む。
「…私は、国が落ち着いてから式を挙げると決めたんだ。
それに、今のアリティアには資金が足りない。
国民が安全に暮らせるように回す資金でさえも危うい。
どうして華美な式を挙げる余裕があると言うんだ。
私の事より、国民の事を優先すべきではないのか」
毅然と言い放つマルスに、ジェイガンは目頭が熱くなっていった。

「(御立派に、なられた…)」

息子の様に、孫の様に慕う主君が、
こんなにも国を考えていることが嬉しかった。

しかし、これはこれ、それはそれ。

質素でいいなら挙げられるかもしれないがと笑うマルスに、ジェイガンは大真面目に諌めた。

「そういう訳には参りませんぬ。
こういう事は云わば示しです。
大体、国王の婚礼が質素では、他国に侮られます」
「ジェイガン…」
マルスは苦笑する。
他国がアリティアを侮るなど、有り得ない事だ。
それが解らないジェイガンでもなかろうに…。
よほどマルスに身を固めてほしいらしい。
「それに、エリス様の御婚礼も控えておりますので…」
「そういえば、何故姉上達は式を挙げないのだ?」
ふと、疑問に思っていた事をポツリと零す。
「マリク様が、王で在らせられるマルス様より先に式を挙げるわけには行かない、と」
「何故、私より後にこだわるんだ?」
「臣下が王より先に婚礼を挙げるわけには行かない、と仰いまして」
「臣下だなんて…。
マリクは私の大事な幼馴染で、親友で、義兄上なのだから、そんなこと気にしなくても…」
戸惑うマルスに笑う。
「マリク様は、マルス様に最も近しく在りながら、臣下、友人との境目をハッキリさせるお方ですな。
マリク様は友人として臣下としてマルス様より先に婚礼を挙げる事は出来ないのでしょう」
ジェイガンは穏やかに微笑みながら、思い出す。




『僕は、まだ式を挙げたくないんです、ジェイガンさん。
マルス様より先には、絶対に挙げられません』

人懐こい少年だった目の前のエリスの婚約者は優しく微笑む。

『何故でしょう?マルス様の兄上となられるのですから、王の威信も守られましょう?』

傅いて言うと、青年は苦笑したようだった。

『王の威信とかじゃないんですよ。
マルス様の友人として、マルス様より先に式を挙げたくないんです。
誰よりも先にマルス様に幸せになって頂きたいと、思ってますから。
只の、僕の我儘なんですが…。
でも、エリス様も賛同なさって下さってますよ。
それに…』




自然にこぼれた笑み。
どこまでも純粋な青年だ。
異例なほど若いとはいえ得の高い司祭として国民に慕われ、
他人を思い遣れる心優しい青年は、エリスの相手として相応しい。


「マルス様ー!アカネイア王国からの親書が届きました!」
突然の知らせに、ジェイガンの思考は破られた。
慌てて駆け寄り傅く赤髪の騎士と、茶色の長い髪を結い上げた美しい少女にマルスは問う。
「どうしたんだい、カイン。それにリンダも、久しぶりだね。ニーナ様はなんと?」
軽く小首を傾げるマルスに、リンダは懐から美しい封書を取りマルスに恭しく差し出す。
不思議そうな様子はそのままに新書を受け取る。






親愛なるアリティアの王子・マルス殿


メディウス・ガーネフが共に倒れた今、このアカネイア大陸には新しい指導者が必要です。

しかし、私にはこの広大な大地を統べる事は、きっと出来ないでしょう…

事の発端は、私が心無い婚姻を結んだからと言っても、過言ではありません

そのような私に、一体何が出来るというのでしょう…



マルス殿…、私は貴方に、この大陸を託したい…

貴方ならば、この美しい大地を愛しんでくれる事でしょう



勇者アンリの末裔よ
勇気と希望の血を受けし者よ…

この美しき大地と愛すべき民を導いて下さい






新書を読み、マルスは呆然とした。
「マルス様、ニーナ様はマルス様と他の諸侯への親書をしたため、
御一人でこの大陸を去られました。
ニーナ様の願いを、どうぞお聞入れ下さいませ」
頭を垂れ、哀願するリンダを見遣る。
「ニーナ様は、カ…シリウス殿を…?」
「…私には言い切れません。
ですが、ニーナ様はハーディン侯との婚礼を、とても悔いておられました。
ハーディン侯を狂わせたのは御自分の所為だと。
カミュ殿を忘れられないのに他の殿方と御一緒になられた事を…。
その所為でハーディン殿が闇のオーブに魅入られたのだと…」
「そんな!ニーナ様が御気に病む事では…!」
あまりのことに動揺し始めたマルスは、ドーガの姿を観とめた。
ドーガはマルスの前に傅くと、頭を垂れ告げる。
「申し上げます!
グラのシーマ様、マケドニアのミネルバ様、カダインのウエンデェル司祭様、
そしてオレルアンからはロシェが、マルス様との謁見を求めに来られました」



「マルス様、御久しゅう御座います」
「ロシェ…。皆、僕に一体何の用だい?」
ミネルバがマルスに傅く。
「ニーナ様の勅命により、マルス様をアカネイア王国の王に」
ロシェが傅き、真っ直ぐにマルスを見詰める。
「我らは勿論の事、各国の民も、将軍も、それを望んでおります」
真摯なロシェの眼差しにマルスは慌てて止め、
救いを求めるようにシーマを見た。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。僕には無理だ。
今まで通り、それぞれが国を治めてほしい」
同意を求めるようなマルスの視線にシーマは嘆息を一つ溢すと
はっきりと言い切った。
「…グラには王は置かないぞ。
無能な王は、徒に民を不幸にする…。
…グラの民は、マルス殿に任せたいと思う」
「シーマ…。でも僕は…」
シーマは軽く頭を振り微笑む。
「私は、ジオルの娘だ。
グラを治める権利と義務が、
そして、グラの民をより幸せにしなければならない責任がある。
責任の放棄は出来ない。
しかし、委任なら…。
誰よりも民を思う優しさと強さ…。王として足る人物…。
…マルス殿にしか、任せられん。
私では、きっと民を苦しめてしまうだろう。
マルス殿、どうか我が民を…!」
「シーマ…」
ただただ困惑するしかないマルスを皆が期待を込めて見詰める。
大陸全土を治めるという、途方もない話と期待に輝く双眸に、マルスは覚えがあった。

そう、ガトーからスター・ロードとされた時も…。
過度な期待に、押しつぶされそうな心もとない感じ。
何の力のない自分に、一体何を求めると言うのだろう…。
そのような大任は、自分には無理だと…、できることなら、誰か代わってほしいと…。
そう、思った気持ち、願った気持ち…。
不安は更なる不安を呼び、
マルスは思わず、自分にはそんな技量などない!と、
そう叫びたくなった時老将が口を開いた。
「恐れながらマルス様、連合王国の盟主としてなら、どうですかな?」
穏やかな声が響く。
「このような老骨が口を挟む事ではないのですが…、
マルス様、皆、マルス様を待っておるのです。
この世界に光を呼び戻したスターロードを。
民は、何かに縋ってゆかねばならない。
そうでなければ、民は生きてゆけぬものなのです。
…マルス様、ご決断を」
瞳の強い光はずっとマルスを見据え、ジェイガンは傅く。
ジェイガンに続くようにカイン、ドーガ、リンダ等が跪き深く頭を垂れる。

「……僕は…僕、は……」



マルスは何も言えず、ただただ、立ち尽くすばかりだった…。




アカネイアから親書を受け取った数週間後、大陸全土が幸せに沸きかえっっていた。
アリティア王宮のテラスには、決して豪華とは言えないが
それでも煌びやかな婚礼衣装に身を包んだ若き王と王妃の、そしてエリスとその婚約者・マリクの姿があった。

祝い事全てをひっくるめて、盛大なパーティにしようと言い出したのは、王妃とエリスだ。
そうして前例のない、王族のW婚礼が行われるに至ったのである。
王妃もエリスも美しく、輝いていた。
しかし、それは衣装の所為だけではあるまい。
彼女たちの横に立つ、愛する人在っての輝きだと、誰もが感嘆の溜息を零す。。
それほどまでに美しかった。



国民や戦友達に囲まれ、祝福に対し幸せそうに微笑む若き君主等を見て
ジェイガンはたった今王の兄となった若き司祭の言葉を思い出した。






『それに国民の、アカネイア大陸の誰もがシーダ姫の婚礼衣装を楽しみにしている事ですし、ね』








後書き

ちょっと、オフィシャルと違いますが…、
どうしてもマリクvエリスが書きたかったからちょっとだけ捏造…。
本当ならメディウス倒す時には、もうマルスが全土を治めるって話し纏まってるんですよね。
気にしないで頂けたらありがたいです。
創作上の矛盾って…、あるものだよね…(遠い目)

わたし個人としては、マルスは謙虚でいい人なんです。
なので、やはり初めは遠慮したんだろうなぁと。
そう、まるで曹否のように…!!(真逆だ真逆・苦笑)
そして3回目にしてようやく引き受けるのですよ!!
台なんかきずいちゃったりしてさvv
(ごめんなさい、三國史大好きなもんで…)

ま、それは置いといて、国民の為です!と説得されてしぶしぶ引き受けるマルス希望。
ニーナ様出奔しちゃったしね。
向こうでジーク改めカ○ュと幸せになってほしい私です。

ところで、マルスより結婚先がイヤでも同時ならいいんだ、マリク…。
自分で打ちつつ「同時?」とか思ってしまいました(苦笑)

この話は題名で何ヶ月もUP出来ずにいました…。
いい案が浮かばなくってさぁ。ぶっちゃけ今も仮題な感じ。
とりあえず更新できてよかった、まじで。


04,12,10 UP


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